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 藍の原料はタデ藍というタデ科の1年草で、葉に藍の色素が含まれています。
 3月初旬に種をまき、7月から9月にかけて葉を収穫をし、100日間ほどかけて発酵させて
 できあがったのが、「蒅(すくも)」です。
 当工房では、徳島産の蒅を使用しています。

 この蒅で藍を仕込むのですが、宙藍工房の藍は
 「天然灰汁発酵建て」と言われる昔ながらの方法で、薬品類は使わずに樫や椎など、
 いわゆる照葉樹を中心に、堅木の灰から灰汁を取り、仕込んでいます。
 宮崎県は照葉樹が豊富で、その中心的な存在として綾町があり、自然豊かなこの地で
 藍染が出来るのは本当に恵まれていると実感します。
 おかげで綾町の無形文化財に指定されました。

 さて、灰汁取りですが、熱湯の中に灰を入れて充分に撹拌した後一晩放置します。
 翌日には灰が沈殿しているので、その上澄みを使用します。
 当工房では1袋の灰で濃い順に1番から5番灰汁まで取り、仕込みに使用しています。
 灰汁は仕込みの他に、藍が減った時の補充や染め上がった製品の仕上げに使ったり、
 また藍の調子を整える役割もあります。
 何となく藍が冴えない日に夕方灰汁を足しておくと、翌日の朝
 色艶が戻ることが多々あります。
 灰汁の凄さを感じる瞬間ですね。

他に藍の調子を整える物として貝灰と麸(ふすま)を使っています。
貝灰は文字通り貝を焼いて粉末状になった物です。
麸は飼料にも使われている麦の殻です。
これを灰汁で煮詰めて藍に入れます。
どちらも藍の餌になるもので、藍液の状態を見て入れる量とタイミングを判断しています。

ところで、「藍が疲れる」とか、「藍の餌」だとか、まるで生き物相手のようですが、
これは蒅の発酵に欠かせない微生物が藍液のなかに棲息しているからです。
この微生物の調子によって染まり具合や、色合いが変わってくるので
毎日の管理は気が抜けません。
「藍は生きている」と言われる由縁です。


<藍の歴史をちょっとだけ・・・>
 藍は紀元前2000年、古代エジプトの時代からあったとされています。
 日本に伝来したのは諸説ありますが、約1400年ほど前、飛鳥時代と言われています。
 この頃はまだ藍染の出来る季節が夏季に限られていましたが、
 発酵建ての技術が確立され、人工的に加熱、保温がされるようになった
 室町時代の頃から四季を通して藍染が行われるようになりました。

 藍は色によって名前が付けられています。
 黒に近い濃い藍色を「褐色(かちいろ)」と呼びますが、その堅牢で質実剛健なイメージと
  「かちいろ」が [勝ち色(かちいろ)」に通じるということから
 武士の間では縁起の良い色とされ、好んで武具の色として着られるようになったそうです。

 その後江戸時代になり、木綿が一般庶民に普及すると共に、藍染も庶民の色として
 広がっていくようになりました。
 この頃が藍染の最盛期だったようです。

 明治時代になると外国から安価な合成藍が入ってくるようになり、
 日本古来の藍は衰退の一途をたどりました。
 それでも、ご存じのように藍は伝統工芸としてその価値が見直され、
 現在でもしっかりと生き続けています。